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ひろちゃん4649

Author:ひろちゃん4649
ひろちゃんのブログへようこそ! 
この主、会社を定年退職して5年。なけなしの年金を頼りに果樹栽培とこれに発するところの遊びを楽しんでいる、青春真っ只中のおのこじゃ。近所の遊び仲間と遊び歩いているから、遊び方を知りたい人は時々ご来訪を! 
オット 忘れていた。果樹栽培はワシのビジネスだから、そのうち収穫できるようになったら是非とも試食してみてくれ。

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我郷土御厨乃歌
H240331小雨の中で安全マップつくり 御厨の北部に北戸部という集落(とても大きい)があってそこで地域の安全マップをつくろうという集いがあった。小雨の中を歩いて回って地図をつくった。帰る頃から雨が激しくなったが何とか終わってほっとした。


 その北戸部の公民館の中を見せてもらったが二階に額が掛けてあった。長い歌で写真に撮ってきたがブレていて読めなかったり間違って写したところはカンベンを! 旧くからの町名も織り込んで見事なモンだ。
○は読み取れない字です。


   我郷土御厨乃歌

  廣い様でも我国は 西は九州薩摩潟
  東は蝦夷や松前の 北は越後地佐渡ケ島
  南は紀州熊野浦 鯨汐ふく浜辺まで
  その中央に位して 東山道の信濃路は
  拾カ国にと境して 聳ゆる山は皆高く
  流るヽ川はみな遠し 南に木曽川天竜川
  北に犀川や千曲川 千曲の川乃東西で
  更科埴科両郡は 昔越後乃謙信と
  甲斐の武田の両雄が 十有余年の其あいだ
  互に凌ぎを削りたる 其名も高き古戦場
  今も残れる古への 戦地の跡に名を残す
  名所古跡の有る中に 一ときは目立つ八景は
  茶臼の山の暮乃雪 千曲を渡る帆かけ舟
  妻女山の秋乃月 猫が瀬の落○に
  勘介宮の夜の雨 海津城の青嵐に
  典厩寺の晩鐘に 八幡原の夕日照り
  これぞ名高き八景にて 昔荒れたる此土地も
  今は変りて繁華の地 田舎の都会と他国にて
  誉められ様変りけり 我更科の中央で 
  交通便は第一と 其名知れし篠ノ井の
  駅より東北十五町 昔寿永年間に
  豪士で其名知られたる 富部三郎家俊が
  住居いたせし御厨も 昔を語る夢のあと
  七百年も早すぎて 月日の足は早いもの
  それ戸部やれ戸部北戸部の 荒れに荒れたる荒町の
  草もきれいに取り捨てて 鍬や三ツ俣持ち出して
  平井一面開墾し 手入れは十分ゆきとどき
  誰にも誉めらる畑中 その中村○一面に
  棗や藤牧植込んで 肥料大澤施して
  花もよく咲け実も成れよ 南部○○よ気候よく
  どうか下布施降らぬ様に 嘘は言わずに本町の
  更科斗女の御社や 伊勢社と共に松尾社の
  上布施様え祈願して 稲も蚕も果樹野業
  豆そく言えの法然と 此御厨の幸ひを
  七重の膝を八重に折り 今日九重に手をつえて
  一重に懇願奉る 重ねて懇願奉る

  昭和五十○卯年○○○○
    迎八十翁  旭松山人




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信州川中島の風景 | 22:40:20 | Trackback(0) | Comments(1)
コメント
胸に沁み入る郷土の歌
それ戸部やれ戸部北戸部の 荒れに荒れたる荒町の
  草もきれいに取り捨てて 鍬や三ツ俣持ち出して・・
  
自分たちの手で荒れ地を開墾した北戸部のご先祖様。御苦労は言えぬほどあったと思います。それを歌に残して感謝する現在の部落の方々。郷土愛といってもこのような才人がいるかいないかで違ってきます。部外者であっても一緒に歌いたくなりました。
2012-04-04 水 07:26:16 | URL | 狂花 [編集]
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