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ひろちゃん4649

Author:ひろちゃん4649
ひろちゃんのブログへようこそ! 
この主、会社を定年退職して5年。なけなしの年金を頼りに果樹栽培とこれに発するところの遊びを楽しんでいる、青春真っ只中のおのこじゃ。近所の遊び仲間と遊び歩いているから、遊び方を知りたい人は時々ご来訪を! 
オット 忘れていた。果樹栽培はワシのビジネスだから、そのうち収穫できるようになったら是非とも試食してみてくれ。

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晩秋の小谷温泉行
 2011年11月11日11時11分。 1がいっぱい連なって何となく縁起が好い、ということではないが兄と晩秋の北信濃の温泉を楽しんできた。朝から雨が降って今日は晴れることは期待できない、ということだから屈託なく遊んで来れるというもんだ。


 一度この小谷温泉の野天風呂へ行ったことがある。小谷温泉だったか奉納温泉だったか、記憶が混乱したがいろいろ検討した結果小谷温泉で間違いないと決めた。というのは外れたところに温泉旅館があって、更に野天風呂はそこから奥に入ったところというという記憶と温泉ガイドブックにあった小谷村中土のはずれにある村営雨飾荘とそこから奥に入った野天風呂という記事が一致したからだ。ワシの記憶もまんざらではない。


 ワシんとこから白馬村へオリンピック道路を走り、松本街道(松本~糸魚川の国道)を大糸線中土駅を過ぎ下里瀬トンネルをぬけたところで右折する。およそ1時間20分で小谷温泉山田旅館に着いた。



H231111小谷温泉山田旅館 山田旅館にあった山田寛著「小谷温泉賛歌」によると「小谷」と書いて「おたり」と読むのが「於多里」という万葉仮名で出てくるのは後白河法王の時代の文書だそうな。優良な麻の産地だったとか(そういえば美麻村なんていうのが近くにあった)。温泉が見つかったのは1555年、武田信玄の部下によってだそうだ。ドイツの温泉博覧会に別府、登別、草津とともに出泉されたほどの名湯だと。どうりで摂氏47度で噴出したナトリウム炭酸水素塩泉はまったりとして二回も入ってしまった。


H231111小谷温泉山田旅館からの眺め 小谷温泉は元湯の山田旅館、新湯の太田旅館、熱湯の熱泉荘の三つの源泉と後で作られた村営雨飾荘とがある。休憩入浴した山田旅館は江戸期建設され湯治宿という雰囲気がそのまま残って、古いヤツだといわれるワシにとって非常に懐かしい宿屋だった。ここから眺める山々、雨雲の中でしっとりとして、正しく「ここは信州」という眺めだ。


 帰りはR406で鬼無里経由で帰ってきた。途中、西京とか、東京、賀茂神社などという鬼無里の地名を探りながらタラタラ走り、道の駅でおやつにおやきを食べ帰宅に丁度3時間。雨にシットリと濡れた紅葉を堪能しながらだったから、家にたどり着いたのは暗くなってしまったけど、マア好いか。


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信州の風景 | 00:09:43 | Trackback(0) | Comments(0)
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