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ひろちゃん4649

Author:ひろちゃん4649
ひろちゃんのブログへようこそ! 
この主、会社を定年退職して5年。なけなしの年金を頼りに果樹栽培とこれに発するところの遊びを楽しんでいる、青春真っ只中のおのこじゃ。近所の遊び仲間と遊び歩いているから、遊び方を知りたい人は時々ご来訪を! 
オット 忘れていた。果樹栽培はワシのビジネスだから、そのうち収穫できるようになったら是非とも試食してみてくれ。

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この贅沢な逸品
 今朝、カミサンがジャムを手づくりしてくれたので試食した。

 早生のプルーンであるアーリーリバーという品種はもう出荷の最後になって小さいのが少し樹にあるだけになったが、カミサンがそのうちから良さそうなのを選んでジャムにした。使ったのは我が家で採ったハチミツだけだから、正しく100パーセント自家製、安心安全な食品のチャンピオンだ。

20070731115801.jpg

 アーリーリバーを使うと色の鮮やかなジャムになるが、今回は砂糖の代わりにハチミツを使っているので味がさっぱりして甘すぎず格好の作品になった。カミサンは好きな人に分けてあげたいと張り切っている。

 プルーンは次のオパールという種類の出荷が始まる。これはアーリーリバーと違って甘くて実離れが良いので食べやすい。市場価格は出荷量が増えるのと、他の果樹も出てくるので下落気味なのが気がかりではあるが、味で勝負といきたいところだ。
 プルーンは鉄分などがとても多く健康によいと特に女性に評判の果樹ではあるが、ナマで八百屋さんに並んでいるのを見たことが無いという人が多い。生産者が農協を通じて出荷したのはいったい何処へ消えるのだろうか? 出荷価格なら都会の人が買って食べたり、自分でジャムをつくったって高いという感じはしないだろうに。


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果樹栽培 | 12:24:37 | Trackback(0) | Comments(0)
市川健夫編著「信州りんご文化誌」を読む
 信州リンゴの本場にいながらリンゴについても知らないことが多いものである。徒然なるままに市川健夫編著になる「信州りんご文化誌」(有限会社ゆにーく A5判)を読んだ。

 ワシの家にあるりんごの木は3本、フジ2本に王林だ。2本のフジにこの春、シナノスイート、シナノゴールドと秋栄の3種類を接ぎ木して今評判の新種も楽しめるようにしたところだ。接ぎ木の作業をしながら「昔の旭とか紅玉、国光なんかはもう食べられねえよなあ」など感慨に浸ったものだ。比較的簡単に栽培品種の切り替えができるものだから、昔からの品種などあっという間に無くなってしまうのだ。

 大きくりんごを分けると山野に自生するりんご、奈良平安時代には栽培されていた「和林檎」乃至は「林楉(リンキ)」、アメリカから導入された「西洋りんご」とあって、ワシ等が賞味しているりんごは江戸末期というか明治初期というかその頃アメリカから来た「リンゴ」の系統だという。それが青森県に次いでナンバーツーになったのは戦後の話なんだそうな。信州では養蚕がりんご栽培の前に盛んだったのだ。その頃は柿がどこにも在って、そう懐かしい光景をつくっていたんだ。ワシの小さい頃は養蚕からりんご栽培への転換期だった・・・・その時期の記憶は確かに残っている。

 「和林檎」はどうなったのだろうか。この本では長野県川上村と飯綱町に残されている樹を紹介している。飯綱町ではこのりんごを小学校の教育の中に取り込んでいるそうだ。野生りんごも写真で紹介されている。「和林檎」も野生りんごも花がとてもきれいだ。りんご自体は小さいが甘みがあってうまいということなので、これらの地域では産業資源にうまく活用して欲しいものだ。

 世の中が大きなもの、強いもの中心主義に邁進している中で「和林檎」や野生りんごを見つめなおすこと。少ししかないものや弱いものに配慮し活用・育成していくことがぎすぎすした世の中に潤いを与えていくことになるという主張がこの本に籠められているように思う。
 5月になると「和林檎」も野生りんごも素晴らしい花を見せてくれるそうだから一度ドライブしてみよう。


「考えるワシ」の独り言 | 17:48:57 | Trackback(0) | Comments(0)
帯状疱疹 始末記(5)
 何か出来たかな? 化膿したかな? などと思い出してから半月、医者から帯状疱疹と診断されてから10日経った。発疹の痕が瘡蓋になり始めた。首の皮膚が何かコウ突っ張るような感じではあるがヒリヒリとした痛みの感じは無くなった。何しろ首から上の帯状疱疹は命取りになるカモなど周囲から散々に言われ、医者からもそんなこともあります、など言われて心穏やかではない。ここにきてもう大丈夫という心とぶり返したら大変だという心とが激しくぶつかりあっている。

 この自宅で安静している間に自分が主宰している地域の会議を二つ放り出し、謡のお稽古も3回欠席している。家の中でごろごろしていても気持ちが落ち着かないがナニセ家族が恐怖症に掛かっているように心配するので我慢するしかない・・・・・有難いことである。
 来週の31日(火)が医者の予約日、それまではひたすら我慢、ガマン。

 ミツバチの3回目の復讐に遭ったところは一週間で元の腕と耳に戻った。しかし3日目くらいの一番ひどかったときは右腕が丸田ン棒になってパジャマを脱ぐのに大変だった。4回目はどうなるんだろう?! アナ恐ろし。

「考えるワシ」の独り言 | 19:44:14 | Trackback(0) | Comments(0)
瀬戸内寂聴「秘花」を読む
 安静にせよ、と医者に言われて久しく離れていた本に親しむことにした。買ったけど読んでいないという本の中から瀬戸内寂聴の「秘花」を読んだ。先日(といっても2年前になるが)、NHKで著者が佐渡に世阿弥を尋ねて小説の構想を練っているという番組があり、大いに関心を持ってこの「秘花」出版を待っていたのだ。

 世阿弥は小さい時から父観阿弥に猿楽の英才教育を受け、将軍足利義満の寵愛を得てその後援により観世座をナンバーワンの地位に引き上げると同時に幽玄といわれる猿楽(現在の能楽)の風を完成させる。しかし義満の死後、次第に将軍から疎んぜられまた長男の突然死、次男の出家という悲運に見舞われ自分も72歳にして佐渡に島流しという目に遭う。佐渡で生活している間に耳が聞こえなくなり、また緑内障で失明し81歳で亡くなるが、それは佐渡であったのか許されて京都へ帰ってからなのか判然としないという稀有の生涯を送った人である。

 筋書きは佐渡の流されることになった世阿弥がそれまでの生き様を語り、佐渡での生活や芸について語る前半と生涯の最後の部分を側に仕えた女性が語る後半から成る。
 著者が調査・取材に佐渡に行ったのは83歳のとき、それから本書が刊行されるまで2年経っているから現在85歳であろう。著者もその才能の故に数奇な運命をたどっているので、同じ年頃に至ったときの生き様についておおいに引かれるものがあったのではなかろうか。

 能楽の典型的な筋書きとしては凡そ、僧がある地を訪れ在所の人に謂れをきくとその夜、亡者が現れ地獄の様子を語りあるいはこの世に残した怨念を語るが読経の中に成仏するというようにあの世とこの世とを劇中で見せてくれるものがある。今の時代にこんなことを活字にすると噴飯モノだが、世阿弥の頃はそれは死と隣り合わせに住んでいる人達にとっては切実な願いであったろう。「秘花」の中では今残っている世阿弥の作になる能楽が何時書かれたかということは出てこないが、その作品の筋立てと作者の年齢とを比べることができれば世阿弥の佐渡における生き方の理解に役立つかもしれない。
 いずれにしても生と死を常時眺める僧侶として、またワシなんかよりも死を間近に感じられる人が書いたこの「秘花」は、世阿弥の生き方(死に方)を通じてこれからの生き方にヒントを与えてくれるような気がする。それにしても当時卑賤の出自の芸人風情が「詩経」や「源氏物語」などの古典、あるいは各和歌集・漢詩などを父や寺の高僧から学んだ、学べたという事実、更にこのような(今で言う高い教養を必要とする)猿楽が貴族社会だけでなく庶民に大いに受けたという事実はいったいどう考えたら良いのだろうか。

「考えるワシ」の独り言 | 16:11:47 | Trackback(0) | Comments(0)
自慢の歌 ---その2---
 世の中に今まで知らなかったことの何んと多いことよ。馬車馬のごとくわき目も振らずに走ってきたから当然といえば当然だが、これから新たに勉強する気概(だけでも)を持って生きたいものだ。

 ということで今回ワシが自慢するのは「川中島音頭」という民謡じゃ。
 大正の末から昭和の初めにかけて日本各地で新しい民謡を創るということが流行ったんだそうな。「東京音頭」のようなのが代表例というが、言われてみれば成程新しい民謡だなあと判る。が、言われてみなければ昔から踊っていたような顔をして盆踊りに踊っているだけだ。よく唄われる民謡も調べてみると意外に新しい時代のものがある。要は覚えやすく唄い易く踊り易くて、その上郷土の誇り・名物・特徴が織り込まれて唄い踊り続けられればその地域の民謡になる訳だ。それが上手な歌い手が出て全国に紹介されれば全国版だ。
 この「川中島音頭」は北原白秋の作詞で、作曲は町田嘉章で昭和2年(1927年)に創られ踊りの振り付けができたのはそれから2年くらい後らしい。北原白秋作詞・作曲町田嘉章というコンビは結構各地の民謡を創っているらしいので時間があったら調べてみたい。前置きが長くなったがそれでは紹介しよう。

        川中島音頭 
                    作詞 北原白秋
                    作曲 町田嘉章
 
   信州ナア 信州信濃の川中島は 犀と千曲のあいの島

          聖が曇れば雨となり 冠着明かれば晴となる
            ヤアレ ソオレ ヤアントナー    (以下繰り返し)

   妻女ナア 妻女ほのぼの越後の勢は 眠る海津を見て忍ぶ

   川はナア 川は朝霧 ひとむちあてりゃ なんの八幡 武田菱

   一と目ナア 一と目世のあけ きらめく三太刀 惜しや七太刀 流れ星

   昔ナア 昔おもえば 千曲の水よ 車がかりの 音もする

   戦ナア 戦するなら 川中島よ お願かけなら 善光寺


   朝はナア 朝は越後よ 日暮れは甲斐よ わしとおまえも五分と五分

   花井ナア 花井主水さま早や代かきよ たたん田んぼの水 ようたのむ

   おらがナア おらが町こそ川中島よ 汽車に乗ってみな 駅もある



 町ではこの川中島音頭の踊りを教えてくれるらしいから、今年は浴衣を着て踊りまくるか?!
 色違いは追加記入したところです。

信州川中島の風景 | 20:09:22 | Trackback(0) | Comments(0)
帯状疱疹 始末記(4)
 何か変だと気が付いてから2週間(皮膚科で受診してから1週間)経った。一昨日くらいから静かにしているとギクッとする痛みの間隔が長くなってきた。首周り、喉のあたりのひりひり感は未だあるし、肌が突っ張るような感覚が新たの出てきた。扁桃腺が腫れ少し痛むのはどうやら夏風邪らしい。

 今日、薬が無くなったし、予約した日なので皮膚科へ行って来た。内科はジジ・ババばっかりだったが皮膚科は子供を連れた若いお母さんばかり、外から受付に連絡して入り口から診察室へ直行した。先生の話ではバルトレックス錠は止めるということで、これは大賛成・・・賛成反対ということではないが・・・何しろバカ高い薬だから。薬が減ったということは少し良くなったということだが、もう1週間は静かにしていなさいという指示だ。診察室の中で精算してすぐ外に出たから診察時間は短くて済んだ。
 1週間おとなしくしている間に周辺から首から上に出た帯状疱疹は命に係わるから厳重注意という話ばかりだった。帯状疱疹で退院したばかりの人が畑仕事をしてポックリという話はもちろんワシも聞いて知っている。ポックリでなくても顔付きが変わったり耳が聞こえなくなったりすることもあるという。
 どうなればポックリ逝かなくて済むか良く分からない。畑では雑草が伸びて、過熟のプルーンがポタリポタリ落ちる。自分ではどうしようもないので運を天に任せる、ではなくて仕事はカミサンやセガレに任せた。

「考えるワシ」の独り言 | 17:54:10 | Trackback(0) | Comments(0)
ハリー・ポッター第5、6巻を読んだ
 安静中で他にすることもないまま本を読んだ。「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」(第5巻)と「ハリー・ポッター謎のプリンス}(第6巻2冊)だ。他に瀬戸内寂聴「秘花」も読んだがこれは後日レポしよう。

 「ハリー・ポッター」のシリーズは児童向けの魔法使い物語かと思ったモンだ。年寄りにはなかなか難しい、というのは登場人物の名前が覚えられない。登場人物が多いばかりではない、同じ人物が「姓」で出たり「名」ででたり時には「愛称」ででたり。訳者の父上が人名リストを作ってそれを見ながら読んだそうだが、それは実に正しい読み方ではある。

 この作品を読む人の空想力も読む楽しさを増大する大きな要素だ。ワシのような普通の人間では魔法使いやお化けといえば、昔物語に登場するのや「げげげの鬼太郎」やら、空飛ぶときには箒、狼人間・・・・非常に単純で数も少ない。それがどうだ、著者J.K.ローリングの住む妖怪の本場英国でのお化けの数と量の多いこと。それから筋の複雑なこと、タマゲタね。これは小学校高学年から中学・高校くらいの頭脳が未だ柔らかくて、ニキビの出始めた生意気盛りの子供たちが読むべきだ。きっと想像力と表現力に少し豊かさが付くと思ったね。著者の爪の垢を煎じて飲むくらいの効果は期待できる。

 ワシが不思議に思ったのは登場人物の性格が複雑なことじゃ。日本の小説は水戸黄門、助さん、格さん、代官、越後屋のように人物の性格が非常にはっきりしている。善人は善人であり悪人は全て悪人であることが顔を見てもすぐ判るくらいだ。この小説の中ではダンブルドアが水戸黄門役かと思ったら第6巻では死んでしまった?! ポッターもロンもハーマイオニーも出てくる人物は嫌いな相手、憎む相手がいたりまたいたずらや悪さも、行儀の悪いこともする。吉川英治のことばに、人間は一日のうちに何度でも仏になったり鬼になったりするというのがあるそうだが、パリポタの中ではごく普通の人間(魔法使い)像として表現されている。そういう感情が筋書きを複雑にしている(しすぎている)のではあるが。

 つい先日、「ハリー・ポッター」最後となる第7巻が発売になったそうだ。どんな結末になるか早く読みたい気持ちは山々なれど、近くの友人が買って読み終わるまでジッと待とう。

「考えるワシ」の独り言 | 18:02:45 | Trackback(0) | Comments(0)
帯状疱疹 始末記(3)
打ち消し文 昨夜はホントウに久しぶりによく眠れた。夜中にトイレで目覚め、老ネコが餌を寄こせとうるさくて目覚めたが後はそのまま眠り込んで、起きたときは7時を回っていた。それまではゴーツーベッドの時間に関係ナシに3時間乃至は4時間半眠ればばっちり目覚めるのが当たり前だったのに。
 しかし継続的に起きる頭痛はかえってひどくなったように思う。皮膚科の次の予約日である火曜日まで我慢できないのではないかと思ったくらいだ。
 朝食を食べて4種類の薬を飲み、塗り薬を塗ったらまた眠くなってそのまま11時過ぎまで眠っていた。こんなに眠いのは田中先生のところで出してもらったミツバチ刺され対抗薬の所為だろう、先生が眠くなりますよと言っていたから。それにしてもよく効くモンだ。昼食を食べた後また夕方まで眠ってしまった。このところずっとそうだったように今日も曇って涼しいのもよく眠れる原因かも知れない。

 いつの間にか頭痛がしなくなっている鋭い痛みの襲ってくる間隔が長くなってきたようだ。回復に向かっている??? 
 カミサンが出かけて人に遇うと「父ちゃん、しっかり寝ているかい? おとなしく寝かしときゃなダメだで」とか「雨降ってりゃいくら父ちゃん焦っても仕事できねエから安心だな」なんて言われるらしい。
 プルーンが熟したまま木からポトリ、ポトリと落ちているという。マア仕方ねえワナア。

「考えるワシ」の独り言 | 18:30:26 | Trackback(0) | Comments(0)
帯状疱疹 始末記(2)
 頭部の帯状疱疹は要注意、大病院へという周辺の声に押されはしたものの、その前にホームドクターに診てもらおうと考え行って来た。

 自宅のすぐ近くというわけではないが、田中先生はワシの親父やおふくろも最後まで診てもらっていて、ワシは名医だと思って信頼している。帯状疱疹という点からと内科的な自覚症状という点から気がかりなことを全て話して診てもらってきた。その結果、病院へ紹介状を書いてもらうほどのことではないこと、万一変調をきたした場合の症状などを聞いて安心して帰ってきた。
 ミツバチに刺された右腕は腫れが二の腕まで広がったが、パンパンに腫れあがったという感じは無くなり、パジャマの袖を通るような腕の太さになった。こちらについては田中先生が「ちょっと手当てをせにゃアカンな」ということで帯状疱疹の薬に配慮して薬を出してくれた。

 ついでに市民健康診断まで受診してしまった。老人医療費の増大が言われているので余り医者に掛かりたくはないが、これで心配事が減り回復すれば最小限の投入で抑えたと褒めてもいいだろう・・・・といっても未だ一週間ほどは寝床と食堂との往復だけという安静を続けての話だが。

「考えるワシ」の独り言 | 12:31:28 | Trackback(0) | Comments(0)
トウモロコシが旬だ
 スイートコーンというと格好がいいが昔ながらのトウモロコシのほうが素朴な感じでいいね。収穫してから30分以内に食べるのが最高!という話を去年聞き込んできて目の前の畑で栽培していた。早く植えつけると虫の被害が少ないというのでアズスーンアズポシブルに植えつけたのが旬を迎えた。
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 カミサンが収穫後30分以内で茹でてくれた、未だ湯気が出ているのが判るだろう。確かにうまい、最高の贅沢だ。少しムシに食われていたり曲がっていたり、充実していないのとかマアいろいろあるがこれはご愛嬌というものだ。この程度で収穫できたというのはやはり、早く植えたこと、花が咲いたときに他の作物と一緒に殺虫剤を撒布したからだろうと思う。去年まではこの二点で失敗していたのだから間違いない。


趣味・道楽、そしておとこの遊び | 13:06:55 | Trackback(0) | Comments(0)
帯状疱疹 始末記(1)
 自分の体験した健康に関する事柄も記録しておいたら、もし同病に悩める人がいれば多少とも参考になるかもしれない。まず最初は「帯状疱疹」だ。

 6月から7月初にかけて男の更年期障害?か朝早く目覚めて困った。日も長い時期だしどうせ早く目が覚めたらメシメエ仕事だと頑張ったせいか少し疲れを感じていた。そこへ上京する用事があって用事にかこつけて5日ほど毎晩飲みまわったもんだ。2日目ころ鋭い頭痛がして顔の左半分から左の後頭部がなんか腫れているように思ったがムシ刺されだろうと放置した。帰宅して連休の3日間は道楽の世界で過ごしたがどうも頭痛とともに水泡やら腫れがひどくなり、連休明けとともに皮膚科へ飛び込んだというモンだ。診断はいかにも簡単に「帯状疱疹」、一週間は静かにして様子をみましょうと。
 頭がズキンズキン、水疱のあたりはヒリヒリ、塗り薬や飲み薬は未だ効果を示さず憂鬱な日々だ。今朝ブドウ棚が倒れているというので起こす作業をしていたらミツバチに3ヶ所刺されてしまった。右腕2ヶ所と右耳たぶだ。夜になって右腕は丸太棒のように腫れあがり重たい。耳はゾウサンのようになって、帯状疱疹の左顔とあわせて鏡も見たくない状況だ。まさしく踏んだり蹴ったり、天中殺というのはこのことだろう。
 これ以上想定外の事件が起きないように暫くは畑仕事、庭仕事を忘れて静かにしていよう、これは一大決心だ。

「考えるワシ」の独り言 | 20:51:14 | Trackback(0) | Comments(2)
とうとうワシも・・・・・
 前々から考えていて、あるいはその時の来るのが当然ということであってもその時になってアタフタしてしまう。父の亡くなったときがそうだった。治る見込みの無いまま最後のときになっていろいろ慌てたことの多かったこと。確実に起こることへの対処を考えているようでも、心のどこかには現実から目を背けていたいという気持ちがあるんだろう。

 何時までも若いと思っていても確実に老いていく。80歳を目処として70までは・・・なんて身体が動かなくなった時のことなど何も考えていない。車を運転しているとき、誰も自分が事故を起こす(こともある)なんて考えないのと同じだ。齢のことはもっと確実なことなのにネ。そのときになってアタフタすることは当然あるかもしれないが、それでも今のうちから考え、そしてうてる手はうっておきたいものだ。

「考えるワシ」の独り言 | 18:25:56 | Trackback(0) | Comments(0)
地震お見舞い有難うございました
 今日10時13分新潟柏崎沖を震源とする地震がありました。すぐいろいろな方から安否確認の電話やメールを頂きました。すごい揺れではありましたがワシの家も家族も、近隣のほうでも被害はありませんでした。ご心配頂き有難うございました。

 実は朝9時から更北謡曲連合会のゆかた大会が近くの公民館であって出かけていました。ぐらぐら来たとき、ワシは聴いているほうでしたが余り激しい揺れなので直ぐ自宅にメールを入れて確認しました。すぐ返信あって問題はなかったのですが、謡っているほうは何か落っこちてきたら止めようと思って(後で聞いた話ですが)謡い続けていました、大した度胸というか何んと言うか、マア何も無くてよかったです。帰ってきてから前のお寺に行ってきましたが墓石や灯篭、位牌の転倒など無かったといっていました。45、6年前の松代群発地震のときは石灯籠がずれたり墓石が転倒したりしましたが、今回はまず安心しました。

 セガレの柏崎出身の友人は自宅崩壊という人がいるようで何かお手伝いできればと思います。被害に遭われた方にはお見舞い申し上げます。

信州川中島の風景 | 21:44:50 | Trackback(0) | Comments(0)
7月素謡会
 今日は午後から素謡会が先生のお宅の舞台で開かれた。先生のところへ入門して今月で丁度一年になる。
 「経正」の地謡に出た。未だ新人と言っていいくらいの経験だから謡える曲が少ないので後は聴くほうにまわった。「経正」はワシに似ている、というと経正が怒るだろうな。なにしろ自分のための琵琶を供えて供養してもらっているところに幽霊になって出てきて、自分も琵琶を弾いて夢中になっているうちにこの世の人に自分の姿を見られてしまって、
      ・・・・
   あら恥かしや、我が姿
   はや人々に見えけるぞや
   あの燈火を消し給えとよ
      ・・・・
というくらいそそっかしいのだ。思い切りでかい声で謡ったら後の酒がうまかったのなんのって、とてもうまかった。

趣味・道楽、そしておとこの遊び | 22:08:02 | Trackback(0) | Comments(0)
懐かしい顔ぶれと出合って
 暫くぶりに上京して懐かしい顔ぶれと旧交を温めてきた。
 10日は会社のOB会だった。会いたかった人の中には一昨年に出席していたのに今回は欠席した人もいた、元気でおいでなのかなア。大原さん、お会いできなくて残念なんてノー天気なことを今回は言いません、台風4号の大雨の最中でしたから・・・・後始末は無理をせずやってください。
 大勢出席していて、名簿に名前があっても顔を合わせなかった人や顔を見かけても言葉を交わせなかった人もいて残念なこともあった。最近どうしている?とか元気そう!など話題は決まっていても中身は人それぞれだから話は尽きない。どの人も人生この時期を大いに楽しんでおられるようでよかったネ。自分は元気なつもりでいてもエラク老けたように見られてしまったのは悔しい。懐かしい顔に会うのは楽しみだけど、これからは一期一会のつもりで会う覚悟をしなきゃ。

 12日は小学校の在京の同級生と会って次の同級会の打ち合わせ。
 13日は大学の電子工学科の同級会だった。これはドイツから久しぶりに帰国するT.T君を囲んでチンマリと一杯やる予定だったが恩師もお呼びして総勢22名という同級会になった。角田先生は81歳になられたと、お元気でしたネエ。長谷川先生には就職でご心配をおかけしました、でもこの道(会社)一筋にやることが出来て有難かったですヨ。奥山先生は兄貴のようでしたが相変わらずで良かったです。次回の幹事まで決まった。みんな、次に会うときまで元気で居ようナッ。


「考えるワシ」の独り言 | 10:27:27 | Trackback(0) | Comments(0)
さすがはプロだ
 お寺の庭木を手入れしている三松園という植木屋が手入れをやった赤松だ。
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 今更、庭木の手入れのプロになる気はないが、自分でいろいろ手入れをする身としてその技は大いに気になるところだ。自分がやった赤松の島の手入れとどこが違うか? 自分は松を今の大きさで維持したいから出た緑を全て切ってしまう。オヤジ曰く、5月に出来るならそれでもいいが今やるなら緑を伸ばしたところで切らないと新芽が出なくなる、そして赤くなると。
 今、思い出した。この話、去年も聞いていたような気がする。でも今年手入れを始めたときは赤い葉が多いのはダニか何かだと思って、教えを忘れて今までとおりのやり方でやってしまった。緑摘みをチンタラやるから時間が掛かって、後に回った松は新芽が出ないで赤くなったということだ。これから手入れするのは言われたとおりに素早くやってみよう。
 でも言われたこと即忘れてしまうんだよねエ、特に最近は・・・・・・

日曜園芸師 | 18:55:02 | Trackback(0) | Comments(0)
これでおしまい、次!
 昨日、今朝と大車輪で生垣の手入れをやった。未だチャボヒバの玉作りが残っているけど、難題だったコノテヒバの刈り込みが終わったので生垣の手入れはこれで打ち切りとする。明日から所要で5日間ほど出かけるし、日曜園芸師としてはその後未だやることがあるのだ。
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 赤松の島から出た分(自分で焼却した)を除いてこの生垣から出た枝は4回に分けて市の焼却場へ運んだ合計550キロ、4950円にもなった。コレだけ余分に根が養っていたんだ。それにしても馬鹿にできない量と料金だ。しかし生垣のすっきりしたこと、ご近所でも「マア、明るくなったわネエ」と評判?だ。

日曜園芸師 | 18:29:09 | Trackback(0) | Comments(0)
梅やアンズをおいしく食べる
 折角苦労して育てたモノが寂しく朽ちていくのを見るほど切ないことはない。
 信州大実というアンズはそもそも豊後の実付きを良くするために植えたものだ、酸味が強くて好い表現すれば素朴な味という程度で今時ははやらない味である。きれいに色づいて大きさも見事に育ってくれたが樹上で完熟してポトリ、ポトリと落ちるのを見るにつけてカミサンに活用をお願いした。カミサンはネットでシロップ漬けのレシピを探して昨晩つくってくれたのだ。
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 それからカミサンは梅のジャムを作ってくれた。これは少し難ありで撥ね出されたのや樹上で熟してしまい落ちていたものを使った。以前に梅のジャムをカミサンが作ったことがあった。そのときは酸味があっていくら砂糖を加えても少しも甘みが出なかったことから梅のジャムは我が家のレシピから削除されていた。
 今回梅ジャムが復活したのは、先日尋ねて来た旧友が完熟した梅でジャムを作ったらとてもうまかったとレポートしてくれたからだ。早速味わってみた。彼のいうとおり梅の香りとほのかな酸っぱさがとてもいい感じのジャムが出来た。完熟した梅を使うのがコツだったのだ。梅と同量の砂糖を使ったのは甘いのが好きなオバアサン用、3割くらい砂糖を減らしたのは酸っぱいのが好きなワシ用である。

果樹栽培 | 10:00:06 | Trackback(0) | Comments(0)
微かに香って
 通りかかってふと脇を見ると白いクチナシの花が咲いて微かに芳香が漂ってくる。今年もまた咲いてくれたか!
 好いんだなア、渡哲也の「クチナシの花」・・・・・
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 このクチナシは随分前に物置の横がさびしいからと植えたもの。その後、秋の野草が欲しいと背丈の高くなるフジバカマをクチナシの後に植えたというもんだ。そうしたらいつの間にかフジバカマがすっかりのさばってクチナシが見えなくなるほどだった。それでも毎年ひっそりと白い花をいくつか咲かせ、そこはかとなく芳香を漂わせていた。
 可哀そうになってフジバカマを抜いて陽を当たるようにしてやってもすぐフジバカマの影に入ってしまう。なかなか自分を主張してくれないんだ。
    痩せてやつれたお前の姿・・・・・・
    

趣味の園芸 | 07:39:46 | Trackback(0) | Comments(0)
実りの秋を予想させるが
 ジベレリン処理をしてから我がナガノパープルは実が太り始めた。
 先日枝を切り縮めたのにどうも混みあいすぎるなあと思い、よくよく観察したところどうだ。樹が重くなって棚が倒れ掛かってきている。支柱を内側から鉄パイプで支えているが、樹(枝、新梢、房)全体の重みで支柱が浮き上がってそのためワイアが弛んでしまった。その結果、棚全体が目の高さに下がって枝が込み合って見えるという理屈だ。
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 ワシが計画したナガノパープルは短梢剪定でH字型整枝である。これは農協がいう標準的な仕立て方である。棚のワイアをH字型に張って両端の支柱は鉄パイプで支える、これはワシの工夫だ。プロに棚を作ってもらうと支柱は、地中に埋めたコンクリート塊にしっかりと結ばれたワイアで外側に引っ張られている。年金で細々と生活しているワシには業者に発注して棚を作ってもらう余裕はない(涙)。
 どうしようかと棚の前で考え込んでいたら蚊が集中攻撃をかけてきた。これから雨になるようだ。最近の蚊は留まったと思ったらもう刺されて腫れてくるとすこぶる評判が悪い。早々に退散してきた。

 さあ、どうしよう。

果樹栽培 | 16:50:09 | Trackback(0) | Comments(1)
久しぶりに杉も散髪して
 生垣の手入れが途中で脱線して庭の手入れを始めてしまった。数年前に手を入れた杉がそのまま放置されていたので好き勝手に伸びて、裏側にあったカエデに陽が当たらなくなってしまった。そこでカエデは日あたりをを求めて上方に徒長した結果、刈り込んだら頭部がワシの頭のように薄くなってしまったというわけだ。必然的にカエデの手入れのあとは杉の手入れに向かう、生垣の手入れは後まわしになる。
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 杉は柔らかいから手入れは簡単、でも長年放置してあったツケで徒長した枝を切ったらその周りが枯れていて茶色の葉がみっともない。しかしそれを気にしていたら仕事ははかどらないので目の方で慣れてもらうことにした。
 慣れてみれば周辺が明るくなって、風通しも良い。今朝やった消毒でもあっという間に終わるし好いこと尽くめ。判ってはいるけどなかなかやってられないのが現実でねエ。

日曜園芸師 | 11:45:48 | Trackback(0) | Comments(0)
サトイモの近況
 この終日梅雨らしく曇ったり降ったり晴れたり、そんな変化を見ていると梅雨もいよいよ最終コーナーに近づいてきたような気がする。地温が上がってきたのと雨をもらって元気なのが雑草で、人間様は少々バテ気味だ。でも晴れている合間に雑草を何とかしなければとサトイモの畝間の草取りをした。
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 雑草の合間に埋もれて情けない状態だったがきれいに草をとってもらい、おまけに肥料まで撒いてもらったのだから贔屓目でナシにサトイモは嬉しそうだ(そのはずだ)。なにしろ5月4日に紹介したようにもらった種イモが立派なので負けないようなヤツをつくらなければと意気込んでいる。これからの暑い間にたっぷりの水と肥料をもらえば間違いなくスゴイ芋ができるはず、と去年勉強した。すごい出来栄えを紹介できるように頑張ろう。

家庭菜園の楽しみ | 19:05:08 | Trackback(0) | Comments(0)
環境への対応
 先日から物置やらハウスにあるプラスティックゴミをまとめておいたのを、今日が農協でまとめて回収するというので軽トラに積み込んで出かけた。
 野良仕事で使っていたのが痛んでしまったり、いつか処分しようと積んでおいたのは例えば、石灰硫黄合剤の容器や破れたポリマルチ、ビニールシートとか肥料の袋、etc. 結構出てくるモンですなア、驚いた。更に驚いたのは集積所に持ち込んできた軽トラの数だ。列を作って待っている。どの家でもしっかり使ったのを溜め込んでいたんですね。カメラを持って出かけなかったのが残念。

 とはいうものの事態は深刻だ。コレだけの量をこれから処分しなければいけないのだから、ウチの物置がすっきりしたなんぞと喜んでいられない。
 しかし山奥や林道のきわに放置するというか捨てるより、有料でもこうやって集めてきちんと処分してくれたほうがありがたい。それと係りの人たちがしっかりチェックしてくれたのも良かった。自分も農薬の容器をきちんと洗っていなかったのがあって、それは「農薬回収のときに出して下さい」と引き取ってくれなかった。いい加減に洗って出した自分に赤面するとともにきちんとやっていてくれることに安心した。

 最近はホームセンターでも農薬や農業用品を容易に入手できるが、それだけにそれぞれの家庭ではそういうモノの後始末に困っているのではないだろうか。その挙句、燃えるゴミとか不燃物など家庭排出ゴミとして出してしまい処分されているかもしれない。
 どの都市でも田舎でもきちんと広報して集め、きちんと処理できるように仕組みが出来ているのだろうか。

「考えるワシ」の独り言 | 22:10:40 | Trackback(0) | Comments(0)
豊後の収穫、最終コーナーへ
 大粒の梅「豊後」がいよいよ色づいてきて栽培も最終コーナーに差し掛かった。豊後は青いのを使って梅酒作りも良いが、我が家は完熟の豊後で梅漬けをつくっている。毎朝、食事の前にたっぷりお茶を飲みながら梅漬けを一粒ずつ食べる。ゆっくりと新聞を読みながら過ごす贅沢なひとときだ。だから夫婦で一年間食べる梅漬けは酢を使って塩を薄くして塩分の取り過ぎに注意している。
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 友人知人の分は既に収穫したのもあるが、はぽてぽての梅漬けをつくるのに完熟した豊後をと特注の知人の分はこれから収穫にかかる。豊後が終われば次はプルーンだ。

果樹栽培 | 09:08:17 | Trackback(0) | Comments(0)
ゴミ焼却場へ行ってきた
 小雨の中をゴミ焼却場へ庭木の手入れをして溜めこんだ枝を運び込んで帰ってきた。軽トラの車検前に60キロを運び込んでいたが今回は160キロあった。切り縮めたいチャボヒバがあってその枝は自宅で焼却するにはちょっとごつい、だから未だ100キロくらいはでそうだ。すると持ち込み処分代が10キロ90円だから全部で2880円にもなる。いつも思うのは自分で持ち込んだら有料で、燃えるゴミの日にゴミステーションに出せば無料というのが解せない。
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 去年、このゴミ焼却場と最終処分場(燃えカス)を見学、最終処分場が数年後には満杯になるという話しを聞いているのでゴミを減らさなければとは思う。しかし、but・・・・・・・

信州川中島の風景 | 11:43:08 | Trackback(0) | Comments(0)
六月天候まとめ
 早いもので今年はもう半分終わってしまった。残念ながら無為のまままた0.5歳齢をとってしまった。あと六ヶ月後のセリフももう決まっている。もう・・・・・・


------六月天候まとめ------

週  最高気温 最低気温 週最高平均(平年差) 週最低平均(平年差) 
23    27.7     14.3     26.2(+1.5)     15.6(+1.6)  
24    31.3     12.7     25.9(+0.5)     15.9(+0.6)  
25    30.6     10.8     27.5(+2.0)     17.1(+0.5)
26    31.1     16.6     26.0(+0.1)     18.8(+1.5)

 今月も気温の上下が激しく、14日に梅雨入りしたのに雨量が少なかった。長野市は全国的に晴の日数が多いらしいが晴れて30℃を超える日が4日もあった。信州も熱帯地方という区分に入ってしまうのだろうか。

 6月23日は夏至だった。この日の日の出は4時29分であったが日の出が一番早かったのは8日から20日までの4時28分だ。日の入りは夏至で19時9分、ところが日の入りは夏至以降も未だ遅くなっている。夏至の日の日中の時間は14時間と40分だ。もっとも日の出、日の入りは長野市の位置で標高ゼロでの計算値らしいので実際はもう少し日中時間は短いと思う。


信州川中島の風景 | 21:56:47 | Trackback(0) | Comments(0)

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まとめ

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