■最近の記事
■カテゴリー
■最近のコメント
■最近のトラックバック
■プロフィール

ひろちゃん4649

Author:ひろちゃん4649
ひろちゃんのブログへようこそ! 
この主、会社を定年退職して5年。なけなしの年金を頼りに果樹栽培とこれに発するところの遊びを楽しんでいる、青春真っ只中のおのこじゃ。近所の遊び仲間と遊び歩いているから、遊び方を知りたい人は時々ご来訪を! 
オット 忘れていた。果樹栽培はワシのビジネスだから、そのうち収穫できるようになったら是非とも試食してみてくれ。

■ご来場者数

■月別アーカイブ

■ブロとも申請フォーム
■ブログ内検索

■リンク
■RSSフィード
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
避暑地AIN DRAHAM
チュニジア北部の町TABARKA一体はコルクの生産で有名ですがバスで45分、夏の避暑地AIN DRAHAM(アインドラハム)でも植えられていました。ここは標高1000mで日差しは強いが、少し涼しい。名前にひかれて行って見たが、別荘が広がっていて何もない、ホテルも閑散としていた。主生産地はポルトガルのようだが、ここでもコルクガシは植えられていた。この町は狩猟をするためにハンターが多く訪れることでも有名です。


H240814顕広町のシンボル 町のシンボル


H240814顕広コルクの林 コルクの林

H240814顕広コルクの木2 コルクの木 最初の皮は目が粗くて、コルク栓としては適さず、着生植物用として売られていた。

H240814顕広コルクの木 2番目からコルクとして使えるようです。触ってみると確かにコルクでした。

H240814顕広コルクの木の土産物 コルクの木の土産物




スポンサーサイト
顕広のチュニジアレポート | 21:41:49 | Trackback(0) | Comments(0)
TABARKA紀行
(大分レポートのアップが遅れてゴメンなさい)

チュニジア北部TABARKAの町

ラマダン前にチュニジア北部の町TABARKAに行きました。13Km先はアルジェリアとの国境です。チュニジアに居るとアルジェリアの情報はほとんど入ってこない。軍事独裁政権であるが、今回のアラブの春でも何も無かった。フランスからの独立後近年複数政党による選挙でイスラム原理主義が政権を取ったのだが、クーデタで軍事政権になってしまった、その後長い内戦状態だったのです。ただここでもアルジェリアの噂はあまり聞こえなかった。


私が珍しく思ったのは森があること、歴史の古いチュニジアはヨーロッパの風景と同じで。ほとんど人間の手が入り原生林が無い。ここには森がありました。ここの近く、夏の避暑地アインドラハムではまだイノシシ狩りができるそうです。



H240813顕広ホテルプール 三ツ星ホテルだったので、ヨーロッパ人は少なかった。アラブ人が多かったのですが、概して大人しかった。おそらくアルジェリア人かもしれない。

この町のシンボルはコルク、サンゴと音楽です。

H240813顕広TABARKA VIOLIN 音楽は夏に多くの音楽祭が開催されるとのこと。


H240813顕広abarka coral サンゴ


H240813顕広要塞1 観光スポットの一つは要塞です。

  
H240813顕広針岩2 観光スポットの針岩です。




顕広のチュニジアレポート | 20:51:00 | Trackback(0) | Comments(0)
チュニジアの結婚式 そのⅡ
 今回の結婚式は学校の先生の1人Aliの結婚式です。彼は私の仕事相手の1人で非常に積極的で何事にも挑戦する男です。PCのボード修理、最初聞いたときはチュニジアではやっていないと言っていましたが、途中からやりたいと言ってきて、クリーム半田とか日本から手に入れて、とうとうある程度までできるようになりました。ハングリー精神が旺盛なのは、納得できました。


H240711鈴木 ali home 結婚式は円型闘技場のあるEL JEMでやるとのことで、観光地でやると思っていました。私の住んでいるMOKININEから学校関係者6台の車に分乗して出発しましたが、目的地はELJEMからさらに20km奥地に入った農村地帯で舗装されていない、ほこりっぽい道路を走りました。到着したところは、周りが何もない畑の中でした。かれはこのようなところで育ち、苦労して大学出たのでしょう。

H240711鈴木 kusukusu そこで夕食でしたが、出てきたのは、北アフリカの伝統料理クスクスでした。ただこのクスクス今まで食べたクスクスとは食感が違っていました。日本のガイドブックには世界最小のパスタと書いてありましたが、どうも小麦そのものの粗い粒のようです。周りに小麦畑もあったので、自家製の本来のクスクスのようです。


H240711鈴木 ダンス 食事の後花嫁の家に迎えに行き、そのままEL JEMの披露会場に行き、音楽とダンスに興じていました。写真では子供抱いている女性、ダンスの時は、こしの振りが非常にセクシーでした。



H240711鈴木 COUPLE 花嫁はこちらの伝統的アラブのメークアップでした。


H240711鈴木 宴会踊り 食事の前  手前左が今の校長です。







顕広のチュニジアレポート | 23:16:04 | Trackback(0) | Comments(1)
チュニジアの結婚式
チュニジアは今が一番暑い時期です。夏休みが始まりました。当方10月2日の帰国に向けてそろそろ準備が始まりそうです。

チュニジアのこの時期、結婚式のシーズンとなります。



H240709鈴木花婿と 花婿は学校で働きながら修士課程を終えた人です。学校の隣の席で品質管理担当です。結婚式の準備しながら、革命後物価が上がり大変とこぼしていました。


H240709鈴木宴会 式は21:00ころから始まりました。民家の中でアラブ音楽演奏していました。いずれも民家の中でしたのでこじんまりした結婚式でした。新婚旅行は日本に行きたいが高いのでトルコにしたとのこと。


H240709鈴木夕食 19:00ごろから夕食のもてなしがありました。


H240709鈴木食事 イスラム料理で羊の肉、チュニジアのタジン(フランス料理のキッシュのようなもの)出張料理人が作ったものでおいしかった。この量で足りない人がいて、お替り頼んでいました。


H240709鈴木sfax randon 写真の右側はRANDONで今はSFAXに戻っています。最初のころチュニジアのNEC(無線関係)で働いていたとのことでいろいろ面倒見てもらいました。




顕広のチュニジアレポート | 21:47:40 | Trackback(0) | Comments(0)
DOUGGA遺跡
北チュニジアにあるローマ遺跡で大規模で保存状態が良く世界遺産に登録されています。チュニジアにある世界遺産は8ケ所ですが、最後に残った訪問場所です。標高600mのところにあり、少し涼しく感じます。

紀元前2000年前から、人が住み始め、ベルベル人の国家、フエニキア人、ローマと支配が移り栄えました。その後アラブの支配となり衰退していったとのこと。ここの遺跡は大規模で保存状態が良く、他の国に行かなくてもローマ遺跡が楽しめます。



H2240601キャピタル 都市の中心であるキャピタルとフオラム


H2240601ドウガ劇場 ドウガ劇場。今でも夏にはここでフエステバルが催される。


H2240601ローマ人の住居跡 ローマ人の住居跡。ここにあったモザイクは今バルドー博物館にあるという。

H2240601給水設備 給水設備。大都市のための貯水場がいくつかあり、現在も使われており、冷たい水が流れていました。








顕広のチュニジアレポート | 21:07:14 | Trackback(0) | Comments(0)
次のページ

FC2Ad

まとめ

無料 アクセス解析RMT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。